張りもなくしたような皺がいっぱいたたまれていた。
 主人とその男と、山岡の間の話を聞きながら、私はあとからあとからと種々に尋ねてみたいと思うことを考え出しながら、一方にはまたもう何にも聞くには及ばないような気がして、どっちともつかない自分の心に焦れながら、気味わるく足にぬられた泥が、少しずつかわいてゆくのをこすり合わしていた。
 風が出てきた。広い蘆の茂みのおもてを、波のように揺り動かして吹き渡る。日暮近くなった空は、だんだんに暗く曇って、寒さは骨までも滲み透るように身内に迫ってくる。
「せっかくお出でくださいましたのにあいにく留守で――」
 気の毒そうにいう主人の声をあとに私達は帰りかけた。
「やはりその道を歩くより他に、道はないのでしょうか。」
 私は来がけに歩いてきた道を指さして、分り切ったことを未練らしく聞いた。またその難儀な道を帰らねばならないことが、私にはただもう辛くてたまらなかった。
「そうだね、やはりその道が一番楽でしょう。」
 といわれて、また前よりはいっそう冷たく感ずる沼の水の中に足を入れた。
 ようようのことで土手の下まで帰って来はしたものの、足を洗う場所がない。
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