ない……。私は本当にだまりこくって、独りきりで考えているより仕方がなかった。しかし、とにかく、私はさんざん考えた末に、二日ばかりたってから、思い切って山岡の処に初めての手紙を書いた。もちろん、谷中の話も、聞いてからの気持を順序もなく書いたものだった。私は、もしそれによって彼のような立場にいる人の考えをさぐることができればとも思い、また、それによって、自分の態度に、気持に、ある決定を与えることができればいいと思ったのであった。
しかし私は彼からも、何ものをも受取ることができなかった。彼もまた、私の世間見ずな幼稚な感激が、きっと取り上げる何の価値もないものとして忘れ去ったのであろうと思うと、何となく面映ゆさと、軽い屈辱に似たものを感ずるのであった。同時に出来るだけ美しく見ていたその人の、強い意志の下にかくれた情緒に裏切られたような腹立たしさを覚えるのであった。私はもうこのことについては、誰にもいっさい話すまいと固く断念した。山岡にも其後幾度も遇いながら、それについては素知らぬ顔で通した。
二年後に、私とTとは、種々な事情から一緒に暮らすことはできないようにまで離れてきた。私はいったん
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