等はそこを去りそうな様子は見せなかった。
「今となっちゃ、もういよいよ動く訳にはゆかないようになっているんでしょう。一つはまあそうした行きがかりの上から意地にもなっていますし、もう一つは、最初は手をつけるはずでなかった買収費も、つい困って手をつけた人もあるらしいので、他へ移るとしても必要な金に困るようなことになったりして。処が、この頃にまた提防を切ったんだそうです。そこからは、この三月時分の水源の山の雪がとけて川の水嵩がましてくると、どんどん水がはいってきて、とても今のようにして住んでいることはできないんだそうです。当局者は、そうでもすれば、どうしても他へゆかなければならなくなって立ち退くだろうという考えらしいのですがね。残っている村民は、たとえその水の中に溺れても立ち退かないと決心しているそうです。Sというその村の青年が、今度出て来たのもその様子を訴えに来たような訳なのです。」
「ずいぶんひどいことをしていじめるのですね。じゃ今だって水に浸っているようなものなんですね。その上に水を入れられちゃ堪ったものじゃありませんわ。そして、そのことは世間じゃ、ちっとも知らないんですか?」
「ずっ
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