。デカダンでやる。」
「煙草飲め!」
 一本の煙草を飲み終らぬうちに、セルの着物を着た十七八の女が、兵児帯《へこおび》の結び目を気にするのか、しきりに尻へ手を当てながら、女中と一緒に、ものも言はず、すつと近づいて来た。どこか隙の多さうな醜い女ぢやないかと、少し斜視掛つたその女の眼を見てゐたが、しかし女中の方は外《そ》ツ歯《ぱ》で鼻の頭がまるく、おまけに色が黒かつた。楢雄はがつかりしたが、やがてノツポの修一が身体を折り曲げるやうにして女に寄り掛りながら歩きだすと、楢雄もあわてて女中に並び、君いくつになつたの。われながら嫌気がさすくらゐ優しい声になつたが、しかし心の中では、何となくその外ツ歯の女中が可哀想になつてゐたのだ。松林の所で修一はちらと振り向いた。途端に楢雄は女中のザラザラした手を握つた。手は瞬間ひつ込められたが、すぐ握り返され、兄の言ふ通りであつた。顔を覗くと、女中はきよとんとした眼で空を見上げてゐた。
「こつちへ行かう。」
 修一と反対の方向へ折れて行き、半町ほど黙つてゐたが、やがて軽い声で、
「おい!」
 ぐいと手を引つ張つてもたれ掛けさせると、いきなり抱き寄せて、口に触れた
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