でゐたといふかどで、廊下に立たされてゐた。三年B組の教室では、修一は教科書のかげで羽太鋭治の「性の研究」を読んでゐた。
 楢雄が羽太鋭治のその本や、国木田独歩の「正直者」、モーパッサンの「女の一生」、森田草平の「輪廻」などを、修一から読んでみろと貸して貰つたのは、三年生の時だつた。伏字の多いそれらの本が、楢雄の大人を眼覚し、女の体への好奇心がにはかにふくれ上つたある夜、修一が、
「おい、お前にもメッチェンを世話してやらうか。」
 さう言つて楢雄を香櫨園の浜へ連れ出す途々《みちみち》言ふのには、実は俺はある女学生と知り合ひになつたのだが、そいつにはいつも女中《メイド》がついてゐる、今夜も浜で会ふ約束をしてゐるのだが、女中がついて来るから邪魔だ、だからお前はその女中の方を巧く捌《さば》いてくれ、その間に俺はメッチェンの方を云々。
「巧いことやれよ。なに相手はたかが女中《メイド》や。喜んでお前の言ひなりになりよるやろ。デカダンで行け。」
 デカダンとはどんな意味か知らなかつたが、何となくその言葉のどぎつい響きが気に入つて、かねがね楢雄は、俺はデカダンやと言ひふらしてゐたのだつた。
「よつしや
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