六白金星
織田作之助

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)楢雄《ならを》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)一月|許《ばか》り

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)イ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ン
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 楢雄《ならを》は生れつき頭が悪く、近眼で、何をさせても鈍臭《どんくさ》い子供だつたが、ただ一つ蠅を獲《と》るのが巧くて、心の寂しい時は蠅を獲つた。蠅といふ奴は横と上は見えるが、正面は見えぬ故、真つ直ぐ手を持つて行けばいいのだと言ひながら、あつといふ間に掌の中へ一匹入れてしまふと、それで心が慰まるらしく、またその鮮かさをひそかに自慢にしてゐるらしく、それが一層楢雄を頭の悪いしよんぼりした子供に見せてゐた。ふと哀れで、だから人がつい名人だと乗せてやると、もうわれを忘れて日が暮れても蠅獲りをやめようともせず、夕闇の中でしきりに眼鏡の位置を直しながらそこら中睨み廻し、その根気の良さはふと狂気めいてゐた。
 そんな楢雄を父親の圭介はい
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