ぢらしいと思ふ前に、苦々《にがにが》しい感じがイライラと奥歯に来て、ギリギリと鳴つた。圭介は年中土曜の夜宅へ帰つて来て、日曜の朝にはもう見えず、いはばたまにしか顔を見せぬ代り、来るたびの小言だつた。
「莫迦《ばか》な真似をせずに修一を見習へ。」
そんな時、兄の修一はわざとらしい読本の朗読で、学校では級長であつた。見れば兄は頭の大きなところ、眉毛が毛虫のやうに太いところ、口を歪《ゆが》めてものを言ふところなど、父親にそつくりで、その点でも父親の気に入りらしかつた。
が、それにくらべると、楢雄はだいいち眉毛からしてフハフハと薄くて、顔全体がノツペリし、だから自分は父親に嫌はれてゐるのだと、次第にひがみ根性が出た。そして、この根性で向ふと、なほ嫌はれてゐるやうな気がして、いつそサバサバしたが、けれどもやはり子供心に悲しく、嫌はれてゐるのは頭が悪くて学校の出来ないせゐだと、せつせと勉強してみても、しかし兄には追ひ付けず、兄の後《うしろ》でこが異様に飛び出てゐるのを見て、何か溜息つき、溜息つきながら寝るときまつて空を飛ぶ夢、そして明け方には牛に頭を齧《かじ》られる夢を見てゐるうちに、やがて十
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