つてゐなかつた。寿枝は楢雄のうしろ姿を見て、靴のカカトの減り方まで眼に残り、預つてゐる千円を送つてやらうと思つたが、いや、あの金はあの子がまともな結婚をする時まで預つて置かう、でなければ蘆屋の本妻に合はす顔がないと気を変へて、夜更けのガラあきの市電に乗つてしよんぼり小宮町へ帰つて行つた。すると、翌日の夜、楢雄から速達が来て「俺ハ世間カラキラハレタ人間ダカラ、世間カラキラハレタレプラ[#「レプラ」に傍点]療養所デ働ク決心ヲシタ。世間ト絶縁スルノガ俺ノ生キル道ダ。妻モ連レテ行ク。モウ誰モ俺ニ構フコトハ出来ナイゾ。」とあつた。寿枝は修一をかき口説《くど》いた。修一も楢雄がレプラ療養所などへ行けば、自分の世間もせまくなると、本気に心配したのか、一日中かけずり廻つてやつと楢雄のアパートをつきとめると、電話を掛けた。
「おい、強情はやめて、女と別れて小宮町へ帰れ。」
 楢雄の声をきくなりさう言ふと、
「無駄な電話を掛けるな。あんたらしくない。」
 電話のせゐか、ふだんより癇高《かんだか》い声だつた。
「とにかく一度会はう。」
「その必要はない。時間の無駄だ。」
「ぢや、一度将棋をやらう。俺はお前に
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