二回貸しがあるぞ!」
と、ちくりと自尊心を刺してやると、効果はあつた。
「将棋ならやらう。しかし、言つて置くが将棋以外のことは一言も口をきかんぞ。あんたも口を利くな。それを誓ふなら、やる。」
約束の日、修一が千日前の大阪劇場の前で待つてゐると、楢雄は濡雑巾《ぬれざふきん》のやうな薄汚い浴衣《ゆかた》を着て、のそつとやつて来た。黝《あをぐろ》くやつれた顔に髭《ひげ》がばうばうと生えてゐたが、しかし眉毛は相変らず薄かつた。さすがに不憫《ふびん》になつて、飯でも食はうといふと、
「将棋以外の口を利くな。」
と呶鳴るやうに言ひ、さつさと大阪劇場の地下室の将棋|倶楽部《クラブ》へはいつて行つた。
そして盤の前に坐ると、楢雄は、
「俺は電話が掛つてから今日まで、毎晩寝ずに定跡の研究をしてたんやぞ、あんたとは意気込みが違ふんだ。」
と言ひ、そしていきなり、これを見てくれ、とコンクリートの上へ下駄を脱いだ。見れば、その下駄は将棋の駒の形に削つてあり、表にはそれぞれ「角」と「竜」の駒の字が彫りつけられてゐるのだつた。修一はあつと声をのんで、暫らく楢雄の顔を見つめてゐたが、やがてこの男にはもう何
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