二年生の修一が亀の子のやうに首をひつこめて、こつそり煙草を吸ひながらトウシヤ刷りの怪しげな本に読み耽り、楢雄の方は見向きもしなかつた。
それから一月|許《ばか》りたつた雪の朝、まだ夜の明けぬうちから突然玄関の呼鈴《よびりん》が乱暴に鳴つたので、驚いた寿枝が出てみると、楢雄が真青な顔で突つ立つてゐた。二階で寝てゐた筈だのにいつの間に着変へたのか、黒ズボンをはき、メリヤスのシャツ一枚で、びしよ濡れに雪が掛つてゐた。雪の道をさまよひ歩いて来たことが一眼に判り、どうしたのかと肩を掴んだが答へず、栓抜きへうたんのやうなフハフハした足取りで二階へ上つてしまつた。すぐ随《つ》いて上り、見れば枕元には本棚から抜きだした本が堆高《うづたか》く積み重ねられてあり、おまけにその頂上にきちんと畳んだ寝巻をのせ、その寝巻の上へ床の間の菊の花と鉛筆と蜜柑《みかん》が置かれてあつた。
「楢雄、これは何の真似です。」
しかし、楢雄は答へやうがなかつた。寝てゐると、急に得体《えたい》の知れぬ力が自分に迫つて来たのだが、それを防がうとする自分の力が迫つて来る力に較べて弱すぎ、均衡《バランス》が破れたといふ感じがたまら
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