を……。」
泣きだしたので、さすがに楢雄もしみじみして、情けなく窓外の暮色を見たが、しかしなぜドラ猫が泣いたのか判らなかつた。
説教が済み、校門を出ようとすると、そこでずつと待つてゐたらしく、修一が青い顔で寄つて来て、何ぞ俺の話出なかつたかと、声をひそめた。大丈夫だと言つてやると、修一はほつとした顔で、お前も要領よくやれよ。途端に修一は楢雄の軽蔑を買つた。帰りの阪神電車は混んでゐた。寿枝は白足袋を踏みよごされた拍子に、蘆屋の本妻の顔を想ひだした。すると香櫨園の駅から家まで三町の道は自然修一と並んで歩くやうになつた。そして、うしろからボソボソと随《つ》いて来る楢雄の足音を聴きながら、明日は圭介の知り合ひの精神科医の許《もと》へ楢雄を連れて行かうと思つた。
若森といふその医者は精神科医のくせにひどくせつかちの早のみ込みで、おまけに早口であつた。若森は寿枝の話を聴くなり、あ、そりや、エ、エ、エディプス・コンプレックス的傾向だね、お袋を愛する余り父親を憎むんだねと言ふと、寿枝は何だかよく判らぬままにニコニコしてうなづいた。楢雄はむつとして、若森が、
「君一つこの紙に、君の頭に泛《うか》ん
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