だ単語を二十個正直に書いてみ給へ。」
と言ふとあつといふ間にその紙を破つて、
「あんたには僕の心を調べる権利はない筈や。人間が人間を実験するのは侮辱や。」
「これ、楢雄、何を言ふのです。」
「お母さんもお母さんです。あんたは自分の子供が蛙みたいに実験されてゐるのを見るのンが、そんなに面白いのですか。だいいち、こんな所イ連れて来るのが間違ひです。」
キツと寿枝を睨みつけた眼の白さを見て、若森はお袋を愛する余り云々と言つた自分の言葉が、ふと頼りなくなつて来た。
楢雄はその後何といはれても若森の所へ行かなかつたが、寿枝はひそかにそこへ行つていろいろ指図を受けて来るらしく、木の枕や瀬戸物の枕を当てがつたり冷水摩擦を薦《すす》めたりした。また、知らぬ間に蒲団の綿が何か固いものに変つてゐた。日記やノート、教科書などもひそかにひらかれた形跡があり、仔細ありげな母の眼付きがいそいそと自分の身辺を取り囲んでゐるやうな気がして、楢雄はそんな母が次第にうとましくなつて来た。
翌年、楢雄は進級試験に落第した。寿枝の奔走も空しかつたわけである。その代り修一は京都の高等学校の入学試験に合格した。圭介は修
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