どなかったが、かえってもっけの幸いだった。
娘ははだしで歩きにくかったので、急いだつもりだが、阿倍野橋まで一時間も掛った。
阿倍野の闇市のバラックに、一、二軒おそくまで灯りをつけている店があった。
立ち寄って、暖いものでも食べたかったが、やはり裸の上にレインコートだけ、おまけにはだしだという娘の服装が憚られた。
しかし、灯りの見えたことは嬉しかった。この辺は停電ではなかったらしい。
大鉄百貨店の前のコンクリートの広い坂道を、地下鉄の動物園前の方へ降りて行くと、ホテルや旅館がぼつりぼつりあった。
一軒ずつ当ってみたが、みな断られた。
「だめだね」
もう地下鉄の中ででも夜を明かすより方法がない、と娘の方へ半泣きの顔を向けると、
「もう一軒当ってみましょう。――ほら、あそこに……」
小沢は寄って行って、ベルを鳴らした。暫らくすると、女中が寝巻のままで起きて来て、玄関をあけた。
小沢は娘を表へ待たせて、一人はいって行くと、
「部屋あいてませんか。いくら高くても結構です」
と、言いながら、女中の手に素早く十円札を三枚掴ませた。復員した時、三百円の新円を貰っていたのだ。
「お一
前へ
次へ
全141ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
織田 作之助 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング