どなかったが、かえってもっけの幸いだった。
 娘ははだしで歩きにくかったので、急いだつもりだが、阿倍野橋まで一時間も掛った。
 阿倍野の闇市のバラックに、一、二軒おそくまで灯りをつけている店があった。
 立ち寄って、暖いものでも食べたかったが、やはり裸の上にレインコートだけ、おまけにはだしだという娘の服装が憚られた。
 しかし、灯りの見えたことは嬉しかった。この辺は停電ではなかったらしい。
 大鉄百貨店の前のコンクリートの広い坂道を、地下鉄の動物園前の方へ降りて行くと、ホテルや旅館がぼつりぼつりあった。
 一軒ずつ当ってみたが、みな断られた。
「だめだね」
 もう地下鉄の中ででも夜を明かすより方法がない、と娘の方へ半泣きの顔を向けると、
「もう一軒当ってみましょう。――ほら、あそこに……」
 小沢は寄って行って、ベルを鳴らした。暫らくすると、女中が寝巻のままで起きて来て、玄関をあけた。
 小沢は娘を表へ待たせて、一人はいって行くと、
「部屋あいてませんか。いくら高くても結構です」
 と、言いながら、女中の手に素早く十円札を三枚掴ませた。復員した時、三百円の新円を貰っていたのだ。
「お一
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