相変らず靴磨きの道具を前にして、鉛のようにさびしく、ちょぼんと坐っていた。
昼間の場所は夜になると、真っ暗になるので商売も出来ない。
だから、食堂の光がかすかに洩れて来る場所へ移ったが、さすがに夜は殆ど客は来なかった。
それでも、じっと坐っていたのは、家にたった一人の肉親の母親が病気で臥ているからであろう。母親のことが気になって、一分でも早く家へ帰りたかったが、しかし、それよりも先立つのは、
「一円でも沢山持って帰ろう」
という想いであった。
食堂から洩れて来るのは、光だけではなかった。
肉を焼いているのか、その香いがプンプン漂ようて来る。
「ああ、ええ香がしよる」
三郎はちいさな鼻をピクピクさせて、
「――兄ちゃん、ハナヤのカツレツ美味かったなア」
「うん、オムレツも美味かったぜ」
と、次郎も唾をのみこんだ。
「フズーズボンチも美味かったな」
と、三郎、
「阿呆! フルーツポンチや。フズーズボンチとちがうわい」
と、次郎は叱りつけたが、ふと、ためいきをついて、
「――しかし、珈琲も美味かったぜ」
「わいはあんなにがいもンより、エビフライの方がええ。――ああ、おなか
前へ
次へ
全141ページ中68ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
織田 作之助 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング