」
「…………」
やはり娘はだまっていた。
「云ってくれないと、送って行きようがないじゃないか」
小沢はふと強い口調になった。
「何にもきかないで下さい」
娘はうなだれていた顔をひょいと上げて、小沢の顔を見上げた。
暗がりではっきり見えなかったが、娘の顔が半泣きらしいことは声で判った。ずっと家並みは続いていたが、停電のせいだろう、門燈は消えて、洩れて来る一筋の灯りもなく、真っ暗闇だった。
「この先に交番があった筈だが……」
と、小沢がふと呟くと、娘はびっくりしたように、
「交番へ行くのはいやです。お願いです」
と、小沢の腕を掴んだ。
「じゃ、どこへ行けばいいの……?」
「どこへでも……。あなたのお家でも……」
「だって、僕は宿なしだよ。ルンペンだよ」
小沢はひょいと言ったが、さすがに弱った声だった。
「宿無しだよ。ルンペンだよ」
と、語呂よく、調子よく、ひょいと飛び出した言葉だが、しかしその調子の軽さにくらべて、心はぐっしょり濡れた靴のように重かった。
小沢は学生時代、LUMPEN(ルンペン)という題を出されて、
「RUMPEN とは合金ペンなり」
という怪しげな答
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