谷なんか歩いたばっかしに、おれも苦労するわい」
 小沢は夜更けの雨の中で、一糸もまとわぬ雪子にいきなり出くわした時のことを、想い出しながら、苦笑した途端、ふと細工谷町の友人のことに気がついた。
 その友人は独身だったが、案外細君を貰っているかも知れない。よしんば独身にせよ、たしか妹がいた筈だ。
「そうだ、あいつに頼んで、女の著物を借りるより手がない」
 小沢はにぎり寿司の包みを受け取って、勘定を払うと、その食堂を出たが、どこをどう抜ければ、駅前の停留所へ出られるのか、はじめてのこと故さっぱり見当がつかず、迷宮のような闇市場の中をぐるぐる廻ったあげく、やっと抜け出してみると、そこは梅田新道通りだった。
 小沢は苦笑しながら、阪急の方へ歩いて行って、やっと今里行の市電に乗った。
 市電は混んでいた。
 北浜二丁目で十人ばかり降りたので、小沢はいくらか空いている出口の方へ詰めて行こうとして、ひょいと見た途端、
「あッ!」
 と思った。
 出口に近く、釣革にぶら下っている腕を見たのだ。
 青い刺青の腕だ。その横にさっきの唖の娘が乗っていた。
 やがて、電車が上本町六丁目に著いたので、小沢が降り
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