ら売れば金になるだろう」
「そんなン……気の毒ですわ」
「今から行って来るから、帰るまで待っていろ」
そう言って、小沢は出て行った。
その帰りを、雪子は待ち焦れているのだった。
勿論、著物を待っているのにはちがいないものの、しかし、何か恋人を待っているような甘い焦燥がないわけではなかった。
早く著物を持って帰ってくれれば、それを著て、そのまま小沢と別れて、いつも行くように、十時にハナヤへ行きたいと、思っていたが、しかし、小沢が帰って来ても、もはや何か小沢と離れがたいという気持もあった。
離れがたいと言っても、しかし、そんな深い仲になったわけではなかった。むしろ、小沢は夜どおし雪子に背中を向けて寝ていたのだ。
しかしそれがかえって、雪子の心を燃えさせたのだ。かつて男というものに動いたことのない心が不思議にいそいそと燃えたのである。
だから、ひたよりに小沢の帰りを待っていることが雪子の心を甘くゆすぶっていた。
しかし、小沢はなかなか帰って来なかった。
小沢は憂鬱だった。
が、しかし、小沢の憂欝は同時に大阪の憂鬱ではなかろうか。
まず小沢の憂鬱は――。
雪子をひとり
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