と、唾をのみ込み咽を鳴らしながら、しかし、
「――これ食べてもかめへんか。ムセンインショク(無銭飲食)でやられへんか」
と、不安そうに豹吉にだめを押した。
「心配するな」
「大将、ほんまに新円持ってるのンか」
「情けないこときくな」
豹吉は上衣の胸のあたりをポンと敲いて、
「――この通り、掏られも落しもせんさかい、安心して食べろ」
今さきハナヤの入口で自分を掏ろうとした頓馬な駆け出しの掏摸の顔を想い出しながら、にやりと笑ったが、ふと時計を見ると、もう豹吉の頬からえくぼが消えてしまった。
十一時半……。
十時に来ていつも十時半に帰ってしまう雪子だったから、もうこんな時間になって来る筈もない。
「しかし、なんぜ来ないのかなア。昨日おれの言ったことで気を悪くしたのかなア。それとも、なんぞ起ったンやろか」
ふとそう呟いた時、お加代の声が来た。
「あんたも随分物好きな人ね」
「今更言わんでも判ってる。おれから物好きを取ってしもたら、おれという人間がなくなってしまうよ」
「そりゃ判ってるわよ。だいいち中学校の体操の教師を投げ飛ばして学校を追い出されたくらいだから……」
「じゃ黙っと
前へ
次へ
全141ページ中34ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
織田 作之助 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング