ようなものであった。意気込んで舞台へ飛び出したが、相手役がいなかったというバツの悪さをごまかすには、せめて思いも掛けぬお加代という登場人物を相手にしなければならない。
「へえん、随分ご親切だけど、かえって親切が仇にもなるわよ」
 と、お加代はしかし大根役者ではなかった。

「親切が仇に……? なんぜや……?」
 豹吉はききかけて、よした。
 他人の意見なぞ、どうでもよい。自分の考えだけを押し通せばいいのだ。頼りになるのは、結局自分自身だけだ――というのが、豹吉の持論だった。
「おい、八重ちゃん……」
 と、豹吉は店の女の子を呼んで「――この子供らに、メニューにあるだけのもン、何でも食わせてやってくれ」
 どうやら靴磨きの少年達に御馳走することには、反対らしいお加代への面当てに、わざとそう言った。
「何でもって、全部ですか」
 女の子はまごついてしまった。
「そうだ。――ハバ、ハバ!」
 豹吉はいらいらして言った。ハバとは「早くしろ」という意味の進駐軍の用語である。
 珈琲、ケーキ、イチゴミルク、エビフライ、オムレツ……。
 運ばれて来るたびに、靴磨きの兄弟――
「うわッ、うまそうやな」
前へ 次へ
全141ページ中33ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
織田 作之助 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング