ルの加代のことを考えると、何だかやるせなくなって来る」
 と、空しく胸を焦していたが、ただ一人豹吉だけは、癖の唾を吐いても、鼻もひっ掛けなかった。
 それ故、雪子の代りに見たお加代の姿ほど、豹吉を失望させたものはなかったが、一方、
「なんだ、お加代か」
 という豹吉の言葉ほど、お加代を失望させたものはなかった――とも言えよう。
 しかし、さすがにお加代は寂しい顔を見せずに、
「あたしで悪かったわね。――折角誰かさんに会いに来たのにね」
 と、豹吉より四つ歳上だけの口を利いた。
「阿呆ぬかせ! 俺はこいつらに珈琲を飲ませてやろうと思うて、来ただけや」
 連れて来た靴磨きの兄弟が、この際の楯になった。
 勿論、そのつもりでハナヤへ来たには違いない。しかし、その二人を連れて来るという思いつきを豹吉に泛ばせる胸底には、たしかに雪子のことがあった。
 一人で来るのにもはや照れていたのだろうか、それとも、いつもは一人で来るのに、今日はいきなりそんな連れと一緒に来たことで、雪子をあっと言わせたい例の癖を出したのだろうか。
 いずれにしても、肝腎の雪子がいないとすれば、まるでキッカケをはずされた役者の
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