ことを……。
その雪子だ。
豹吉があれほど時間を気にしてハナヤへやって来たのは、実はその雪子が毎日十時になると、必ずハナヤへ現れるからであった。
しかも十時前に来ることはあっても、十時に遅れることはない。
律義な女事務員のように時間は正確であった。
まるで出勤のようであった。しかし、べつに何をするというわけでもない。ただ十時になると、風のようにやって来て、お茶を飲みながら、ちょぼんと坐っているだけだ。そして半時間たつと再び風のように出て行くだけである。一日も欠かさなかった。
「変な女やなア」
豹吉はそう思う前に、まずその女が眼触りであった。
ハナヤは豹吉やその仲間のいわば巣であり、ハナヤへ来れば、仲間の誰かが必ずトグロを巻いていて仲間の消息もきけるし、連絡も出来る。
ところが、仲間でも何でもない得体の知れぬ女が、毎日同じ時刻に、誰と会うわけでもなく、一人でトグロを巻きに来ているのだ。
たしかに眼触りであった。
「君何ちゅう名や」
女にはこちらから話し掛けたことのない豹吉だったが、ある日たまりかねて話し掛けて行った。
「雪子……。名前きいてどないするの……?」
「まさ
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