ど、あかんわ」
小さい方の三郎は悲しい顔もせずに、簡単に諦らめていた。
「なんぜあかんネん……?」
「きかんでも判ってるやないか。銭があらへん」
「不景気なことを云うな。なんぼ戦争に負けた云うたかテ、珈琲の味ぐらい覚えてもかめへんぞ。どや、おれが飲ましたろか。本物のブラジル珈琲やぞ」
豹吉が言うと、ブラジル珈琲とはどんなものか、二人にはまるで判らなかったが、びっくりしたような眼を、一層くるくるさせて、
「ほんまか、大将!」
十八の豹吉を大将と呼んだ。
「大将大将いうな。日本に大将なんかあるもんか。さア、二人とも道具かたづけて、おれの尻について来い」
やがて豹吉が南海通の方へ大股で歩き出すと、次郎と三郎は転げるようにしてチョコチョコついて来た。
南海通の波屋書房の二、三軒先き、千日前通へ出る手前の、もと出雲屋のあったところに、ハナヤという喫茶店が出来ていた。
ハナヤはもと千日前の弥生座の筋向いにあった店だが、焼けてしまったので、この場所へ新らしくバラックを建てたらしかった。
バラックだが、安っぽい荒削の木材の生なましさや、俗々しいペンキ塗り立ての感じはなく、この界隈では垢抜
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