分ある」
 豹吉は二人の少年の方へ寄って行くと、
「――お前磨け!」
 小さい方へ靴を出した。
 大きい方の少年はあぶれた顔であった。
 片一方磨き終ると、豹吉は、
「それでええ」
「まだ片足すんどらへんがな」
「かめへん」
 と、金を渡すと、豹吉はこんどは大きい方の少年の方へ、
「こっちの足はお前磨け」
「…………」
「心配するな。金は両足分払ったる」
「オー・ケー」
 いそいそと磨き出した。
 通り掛った巡査がじろりと豹吉の顔を見て行った。
 豹吉はふと、香里の一家みな殺しの犯人が靴を磨いているところを、捕まった――という話を想い出した。
 磨き終って、金を払った途端、豹吉はまたもや奇妙なことを思いついた。
 豹吉はペッと唾をはいた。
 が、べつに不機嫌だというわけではない。
 むしろ機嫌のよい証拠には、両の頬に憎いほど魅力のあるえくぼが、ふっと泛んでいる。
 だしぬけに泛んだ思いつきの甘さに自らしびれていたのだ。
「おい、お前ら珈琲飲み度うないか」
 豹吉は靴磨きの兄弟に言った。
「珈琲か。飲んだことないけど、うまそうやな」
 大きい方の次郎が云った。
「一ぺん飲みたいな。そやけ
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