ように走りながら、
「しもたッ! あの男を突き落す前に掏ってやればよかった……」
そんな後悔でかえって自分を力づけていた。
「――しかし、掏ってみても、あの男のこっちゃさかい、新円の五十円もよう持っとらんやろ、朝の仕事はじめに、百円にもならん仕事をしたら、けちがつく」
そう考えると、――いや、そう考える余裕がこの際残っていたことで、豹吉はわずかに自尊心が慰められた。
けれど、走る足はやはり速かった。……
それから、四時間近くたった頃――
どこをどう歩きまわっていたのか、豹吉は風のように難波の闇市へ現れた。
昨日は雨とメーデーで闇市もさびれたが、今日の闇市はまだ昼前だというのに、ぞろぞろと雑踏していた。
揉まれるようにして、歩いていると、
「大将! 靴みがきまひょか」
二人の少年から同時に声を掛けられた。
二人は顔が似ていた。二人とも痩せて、顔色が悪く、乾いた古雑巾のように薄汚い無気力な顔をしている点が、似ているだけではない。顔立ちが似ているのだ。どちらも、びっくりしたように、眼が飛び出している。
兄弟かも知れない。
豹吉はふと腕時計を見た。十時十分前だ。
「まだ十
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