ッと吐き捨てた。
その拍子に、淀川の流れに釣糸を垂れている男の痩せた背中が、眼にはいった。
そこは渡辺橋の南詰を二三軒西へ寄った川っぷちで、ふと危そうな足場だったから、うしろから見ると、今にも川へ落ちそうだった。
豹吉はその男の背中を見ていると、妙にうずうずして来た。
今日の蓋あけに出くわしたその男の相手に、何か意表に出る行動がしたくてたまらなくなったのだ。はや悪い癖が頭をもたげたのだ。
「何でもええ。あっというようなことを……」
考えているうちに、
「――そうだ、あの男を川へ突き落してやろう」
豹吉の頭にだしぬけに、そんな乱暴な思いつきが泛んだ。
「煙草の火かしてくれ」
豹吉は背中へぶっ切ら棒な声を掛けた。
「…………」
男はだまって振り向くと、くわえていた煙草を渡した。火を移して、返そうとすると、
「捨ててくれ」
そして、男はべつの新しい煙草を取り出して、火をつけた。
豹吉は何だかすかされたような気がして、
「ありがとう。ライターの石がなくなっちゃったもんだから……」
少年らしい虚栄だった。
煙草を吸うくせにマッチを持たぬのかと思われるのは、癪だと思ったの
前へ
次へ
全141ページ中22ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
織田 作之助 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング