渋く垢ぬけているのだ。
更に垢ぬけているといえば、その寝顔は、ぞっと寒気がするくらいの美少年である。
胸を病む少女のように、色が青白くまつ毛が長く、ほっそりと頬が痩せている。
いわば紅顔可憐だが、しかしやがて眼を覚まして、きっとあたりを見廻した眼は、青み勝ちに底光って、豹のように鋭かった。
その眼つきからつけたわけではなかろうが、名前はひょう吉……。十八歳。
豹吉の(ヒョウ)は氷河の氷(ヒョウ)に通じ、意表の表(ヒョウ)に通ずる、といえば洒落になるが、彼は氷のような冷やかな魂を持ち、つねにひとびとの意表を突くことにのみ、唯一の生甲斐を感じている、風変りな少年だった。
自分はいかなることにも驚かぬが、つねに人を驚かすことが、この豹吉の信条なのだ。
きっとあたりを見廻して、そして二、三度あくびをすると豹吉はやがてどこをどう抜けたか、固く扉を閉した筈の会館の中から、するりと抜け出すことに成功した。
昨夜の雨はもうやんでいた。
午前六時といえば、この界隈のビル街もひっそりと静まりかえって、人通りもない。
「なんだ、人間は一匹もおらへんのンか」
豹吉はそれがこの男の癖の唾をペ
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