て来た――いわば、今日一日とにもかくにも豹吉の心を支配して来たその男――死んだ筈のその男が、豹吉の眼の前に坐っているのだ。
 さすがの豹吉もぎょっとせざるを得なかった。
 われにもあらず、驚いたのだ。掟を破ったのだ。すかさず、亀吉が言った。
「兄貴、どないしたんや。顔色変えて……」
「どないもこないもない。こんなに、びっくりしたのは、生れてはじめてや」
「ほな、千円くれ」
「……? ……」
「兄貴のびっくりしてる所を見たら、千円くれる約束やったな」
 亀吉は手を出した。
「阿呆! ここは豚箱やぞ。一銭も持ってるか」
 豹吉はそう言って、伊部の方へ寄って行った。
「よう。君か。ひょんな所で会うたな」
 伊部はにやにや笑っていた。
「生きたはりましたんか」
 豹吉はすっかり大阪弁だった。
「うん。泳ぎを知ってると、なかなか死ねんもんでね」
「あ」
 と、豹吉は釈然として、伊部が死んだものと思い込んでいた自分の間抜けさ加減に苦笑したが、しかし、なぜ伊部が留置場に入れられているのか、これは判らなかったので、きくと、
「なアに、一水浴びた勢いで、浴びるようにアルコールを飲んだんだよ。酔っぱらって
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