や(駄目)になると、やきもき心配したほどでもなく、よく売れた。人手を借りず、夫婦だけで店を切り廻したので、夜の十時から十二時頃までの一番たてこむ時間は眼のまわるほど忙《いそが》しく、小便に立つ暇もなかった。柳吉は白い料理着に高下駄《たかげた》という粋《いき》な恰好で、ときどき銭函《ぜにばこ》を覗《のぞ》いた。売上額が増《ふ》えていると、「いらっしゃァい」剃刀屋のときと違って掛声も勇ましかった。俗に「おかま」という中性の流し芸人が流しに来て、青柳《あおやぎ》を賑《にぎ》やかに弾いて行ったり、景気がよかった。その代り、土地柄が悪く、性質《たち》の良くない酒呑《さけの》み同志が喧嘩をはじめたりして、柳吉はハラハラしたが、蝶子は昔とった杵柄《きねづか》で、そんな客をうまくさばくのに別に秋波をつかったりする必要もなかった。廓をひかえて夜更《おそ》くまで客があり、看板を入れる頃はもう東の空が紫色《むらさきいろ》に変っていた。くたくたになって二階の四畳半で一刻《いっとき》うとうとしたかと思うと、もう目覚ましがジジーと鳴った。寝巻のままで階下に降りると、顔も洗わぬうちに、「朝食出来ます、四品付十八銭」
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