の立看板を出した。朝帰りの客を当て込んで味噌汁、煮豆、漬物《つけもの》、ご飯と都合四品で十八銭、細かい商売だと多寡《たか》をくくっていたところ、ビールなどをとる客もいて、結構商売になったから、少々眠さも我慢出来た。
秋めいて来て、やがて風が肌寒《はだざむ》くなると、もう関東煮屋に「もって来い」の季節で、ビールに代って酒もよく出た。酒屋の払いもきちんきちんと現金で渡し、銘酒《めいしゅ》の本鋪《ほんぽ》から、看板を寄贈《きぞう》してやろうというくらいになり、蝶子の三味線も空《むな》しく押入れにしまったままだった。こんどは半分以上自分の金を出したというせいばかりでもなかったろうが、柳吉の身の入れ方は申分なかった。公休日というものも設けず、毎日せっせと精出したから、無駄費《むだづか》いもないままに、勢い溜《た》まる一方だった。柳吉は毎日郵便局へ行った。体のえらい商売だから、柳吉は疲《つか》れると酒で元気をつけた。酒をのむと気が大きくなり、ふらふらと大金を使ってしまう柳吉の性分を知っていたので、蝶子はヒヤヒヤしたが、売物の酒とあってみれば、柳吉も加減して飲んだ。そういう飲み方も、しかし、蝶子に
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