という当てもなく、真夏の日がカンカン当っている盛《さか》り場《ば》を足早に歩いた。熱海の宿で出くわした地震のことが想い出された。やはり暑い日だった。
 十日目、ちょうど地蔵盆《じぞうぼん》で、路地にも盆踊りがあり、無理に引っぱり出されて、単調な曲を繰《く》りかえし繰りかえし、それでも時々調子に変化をもたせて弾いていると、ふと絵行燈《えあんどん》の下をひょこひょこ歩いて来る柳吉の顔が見えた。行燈の明りに顔が映えて、眩《まぶ》しそうに眼をしょぼつかせていた。途端に三味線の糸が切れて撥ねた。すぐ二階へ連れあがって、積る話よりもさきに身を投げかけた。
 二時間経って、電車がなくなるよってと帰って行った。短い時間の間にこれだけのことを柳吉は話した。この十日間梅田の家へいりびたっていたのは外やない、むろん思うところあってのことや。妹が聟養子をとるとあれば、こちらは廃嫡《はいちゃく》と相場は決っているが、それで泣寝入りしろとは余りの仕打やと、梅田の家へ駆け込むなり、毎日膝詰の談判をやったところ、一向に効目がない。妻を捨て、子も捨てて好きな女と一緒に暮している身に勝目はないが、廃嫡は廃嫡でも貰《もら》
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