》をしてもらうと瞬《またた》く間に剃刀屋の新店が出来上った。安全剃刀の替刃《かえば》、耳かき、頭かき、鼻毛抜き、爪切《つめき》りなどの小物からレザー、ジャッキ、西洋剃刀など商売柄、銭湯帰りの客を当て込むのが第一と店も銭湯の真向いに借りるだけの心くばりも柳吉はしたので、蝶子はしきりに感心し、開店の前日朋輩のヤトナ達が祝いの柱時計をもってやって来ると、「おいでやす」声の張りも違った。そして「主人《うち》がこまめにやってくれまっさかいな」と言い、これは柳吉のことを褒《ほ》めたつもりだった。襷《たすき》がけでこそこそ陳列棚《ちんれつだな》の拭《ふ》き掃除をしている柳吉の姿は見ようによっては、随分男らしくもなかったが、女たちはいずれも感心し、維康さんも慾が出るとなかなかの働き者だと思った。
開店の朝、向う鉢巻《はちまき》でもしたい気持で蝶子は店の間に坐っていた。午頃《ひるごろ》、さっぱり客が来えへんなと柳吉は心細い声を出したが、それに答えず、眼を皿《さら》のようにして表を通る人を睨んでいた。午過ぎ、やっと客がきて安全の替刃一枚六銭の売上げだった。「まいどおおけに」「どうぞごひいきに」夫婦がかり
前へ
次へ
全71ページ中30ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
織田 作之助 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング