吉を一人前にしてみせまっさかい、心配しなはんなとひそかに柳吉の父親に向って呟く気持を持った。自身にも言い聴かせて「私は何も前の奥さんの後釜《あとがま》に坐るつもりやあらへん、維康を一人前の男に出世させたら本望《ほんもう》や」そう思うことは涙をそそる快感だった。その気持の張りと柳吉が帰って来た喜びとで、その夜興奮して眠れず、眼をピカピカ光らせて低い天井《てんじょう》を睨《にら》んでいた。
 まえまえから、蝶子はチラシを綴《と》じて家計簿《かけいぼ》を作り、ほうれん草三銭、風呂銭《ふろせん》三銭、ちり紙四銭、などと毎日の入費を書き込んで世帯を切り詰め、柳吉の毎日の小遣い以外に無駄な費用は慎《つつし》んで、ヤトナの儲けの半分ぐらいは貯金していたが、そのことがあってから、貯金に対する気の配り方も違って来た。一銭二銭の金も使い惜《お》しみ、半襟《はんえり》も垢《あか》じみた。正月を当てこんでうんと材料《もと》を仕入れるのだとて、種吉が仕入れの金を無心に来ると、「私《わて》には金みたいなもんあらへん」種吉と入れ代ってお辰が「維康さんにカフェたらいうとこイ行かす金あってもか」と言いに来たが、うんと言
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