つものように三味線をいれたトランクを提げて出掛けたが、心は重かった。柳吉が親の家へ紋附を取りに行ったというただそれだけの事として軽々しく考えられなかった。そこには妻も居れば子もいるのだ。三味線の音色は冴《さ》えなかった。それでも、やはり襖紙がふるえるほどの声で歌い、やっとおひらきになって、雪の道を飛んで帰ってみると、柳吉は戻っていた。火鉢《ひばち》の前に中腰になり、酒で染まった顔をその中に突っ込むようにしょんぼり坐っているその容子《ようす》が、いかにも元気がないと、一目でわかった。蝶子はほっとした。――父親は柳吉の姿を見るなり、寝床《ねどこ》の中で、何しに来たと呶鳴《どな》りつけたそうである。妻は籍《せき》を抜いて実家に帰り、女の子は柳吉の妹の筆子が十八の年で母親代りに面倒《めんどう》みているが、その子供にも会わせてもらえなかった。柳吉が蝶子と世帯を持ったと聴いて、父親は怒《おこ》るというよりも柳吉を嘲笑《ちょうしょう》し、また、蝶子のことについてかなりひどい事を言ったということだった。――蝶子は「私《わて》のこと悪う言やはんのは無理おまへん」としんみりした。が、肚の中では、私の力で柳
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