して三円ぐらい手に握《にぎ》ると、昼間は将棋《しょうぎ》などして時間をつぶし、夜は二《ふた》ツ井戸《いど》の「お兄《にい》ちゃん」という安カフェへ出掛けて、女給の手にさわり、「僕《ぼく》と共鳴せえへんか」そんな調子だったから、お辰はあれでは蝶子が可哀想《かわいそう》やと種吉に言い言いしたが、種吉は「坊《ぼ》ん坊んやから当り前のこっちゃ」別に柳吉を非難もしなかった。どころか、「女房や子供捨てて二階ずまいせんならん言うのも、言や言うもんの、蝶子が悪いさかいや」とかえって同情した。そんな父親を蝶子は柳吉のために嬉《うれ》しく、苦労の仕甲斐《しがい》あると思った。「私のお父つぁん、ええところあるやろ」と思ってくれたのかくれないのか、「うん」と柳吉は気のない返事で、何を考えているのか分からぬ顔をしていた。

 その年も暮に近づいた。押しつまって何となく慌《あわただ》しい気持のするある日、正月の紋附《もんつき》などを取りに行くと言って、柳吉は梅田《うめだ》新道《しんみち》の家へ出掛けて行った。蝶子は水を浴びた気持がしたが、行くなという言葉がなぜか口に出なかった。その夜、宴会の口が掛って来たので、い
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