で、思い切り上等の昆布を五分四角ぐらいの大きさに細切りして山椒の実と一緒に鍋《なべ》にいれ、亀甲万《きっこうまん》の濃口《こいくち》醤油をふんだんに使って、松炭《まつずみ》のとろ火でとろとろ二昼夜煮つめると、戎橋《えびすばし》の「おぐらや」で売っている山椒昆布と同じ位のうまさになると柳吉は言い、退屈《たいくつ》しのぎに昨日《きのう》からそれに掛り出していたのだ。火種を切らさぬことと、時々かきまわしてやることが大切で、そのため今日は一歩も外へ出ず、だからいつもはきまって使うはずの日に一円の小遣《こづか》いに少しも手をつけていなかった。蝶子の姿を見ると柳吉は「どや、ええ按配《あんばい》に煮えて来よったやろ」長い竹箸《たけばし》で鍋の中を掻《か》き廻しながら言うた。そんな柳吉に蝶子はひそかにそこはかとなき恋《こい》しさを感じるのだが、癖で甘ったるい気分は外に出せず、着物の裾《すそ》をひらいた長襦袢の膝でぺたりと坐るなり「なんや、まだたいてるのんか、えらい暇《ひま》かかって何してるのや」こんな口を利いた。
柳吉は二十歳の蝶子のことを「おばはん」と呼ぶようになった。「おばはん小遣い足らんぜ」そ
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