こ》であった。
そんな母親を蝶子はみっともないとも哀《あわ》れとも思った。それで、母親を欺《だま》して買食いの金をせしめたり、天婦羅の売上箱から小銭を盗《ぬす》んだりして来たことが、ちょっと後悔《こうかい》された。種吉の天婦羅は味で売ってなかなか評判よかったが、そのため損をしているようだった。蓮根でも蒟蒻でもすこぶる厚身で、お辰の目にも引き合わぬと見えたが、種吉は算盤《そろばん》おいてみて、「七|厘《りん》の元を一銭に商って損するわけはない」家に金の残らぬのは前々の借金で毎日の売上げが喰込《くいこ》んで行くためだとの種吉の言い分はもっともだったが、しかし、十二|歳《さい》の蝶子には、父親の算盤には炭代や醤油代がはいっていないと知れた。
天婦羅だけでは立ち行かぬから、近所に葬式《そうしき》があるたびに、駕籠《かご》かき人足に雇《やと》われた。氏神の夏祭には、水着を着てお宮の大提燈《おおぢょうちん》を担いで練ると、日当九十銭になった。鎧《よろい》を着ると三十銭あがりだった。種吉の留守にはお辰が天婦羅を揚げた。お辰は存分に材料を節約《しまつ》したから、祭の日通り掛りに見て、種吉は肩身《か
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