替《きか》えると、蝶子の肚はきまった。いったん逐電《ちくでん》したからにはおめおめ抱主のところへ帰れまい、同じく家へ足踏み出来ぬ柳吉と一緒に苦労する、「もう芸者を止めまっさ」との言葉に、種吉は「お前の好きなようにしたらええがな」子に甘《あま》いところを見せた。蝶子の前借は三百円足らずで、種吉はもはや月賦《げっぷ》で払う肚を決めていた。「私《わて》が親爺《おやじ》に無心して払いまっさ」と柳吉も黙《だま》っているわけに行かなかったが、種吉は「そんなことしてもろたら困りまんがな」と手を振《ふ》った。「あんさんのお父つぁんに都合《ぐつ》が悪うて、私は顔合わされしまへんがな」柳吉は別に異を樹《た》てなかった。お辰は柳吉の方を向いて、蝶子は痲疹厄《はしか》の他には風邪《かぜ》一つひかしたことはない、また身体《からだ》のどこ探してもかすり傷一つないはず、それまでに育てる苦労は……言い出して泪の一つも出る始末に、柳吉は耳の痛い気がした。
二三日、狭苦しい種吉の家でごろごろしていたが、やがて、黒門市場の中の路地裏に二階借りして、遠慮気兼ねのない世帯《しょたい》を張った。階下《した》は弁当や寿司につか
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