ぐ東京行きの汽車に乗った。
 八月の末で馬鹿《ばか》に蒸し暑い東京の町を駆けずり廻り、月末にはまだ二三日|間《ま》があるというのを拝み倒《たお》して三百円ほど集ったその足で、熱海《あたみ》へ行った。温泉芸者を揚げようというのを蝶子はたしなめて、これからの二人《ふたり》の行末のことを考えたら、そんな呑気《のんき》な気イでいてられへんともっともだったが、勘当といってもすぐ詫びをいれて帰り込む肚の柳吉は、かめへん、かめへん。無断で抱主のところを飛出して来たことを気にしている蝶子の肚の中など、無視しているようだった。芸者が来ると、蝶子はしかし、ありったけの芸を出し切って一座を浚《さら》い、土地の芸者から「大阪《おおさか》の芸者衆にはかなわんわ」と言われて、わずかに心が慰《なぐさ》まった。
 二日そうして経《た》ち、午頃《ひるごろ》、ごおッーと妙《みょう》な音がして来た途端に、激《はげ》しく揺《ゆ》れ出した。「地震《じしん》や」「地震や」同時に声が出て、蝶子は襖に掴《つか》まったことは掴まったが、いきなり腰を抜《ぬ》かし、キャッと叫んで坐《すわ》り込んでしまった。柳吉は反対側の壁《かべ》にしがみ
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