せて、若い妻は上向いていた。実家へ帰る肚を決めていた事で、わずかに叫《さけ》び出すのをこらえているようだった。うなだれて柳吉は、蝶子の出しゃ張り奴《め》と肚の中で呟《つぶや》いたが、しかし、蝶子の気持は悪くとれなかった。草履は相当無理をしたらしく、戎橋《えびすばし》「天狗《てんぐ》」の印がはいっており、鼻緒《はなお》は蛇《へび》の皮であった。
「釜《かま》の下の灰まで自分のもんや思たら大間違いやぞ、久離《きゅうり》切っての勘当……」を申し渡した父親の頑固《がんこ》は死んだ母親もかねがね泣かされて来たくらいゆえ、いったんは家を出なければ収まりがつかなかった。家を出た途端《とたん》に、ふと東京で集金すべき金がまだ残っていることを思い出した。ざっと勘定して四五百円はあると知って、急に心の曇《くも》りが晴れた。すぐ行きつけの茶屋へあがって、蝶子を呼び、物は相談やが駈落《かけお》ちせえへんか。
 あくる日、柳吉が梅田の駅で待っていると、蝶子はカンカン日の当っている駅前の広場を大股《おおまた》で横切って来た。髪《かみ》をめがねに結っていたので、変に生々しい感じがして、柳吉はふいといやな気がした。す
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