る。急にはつといやな予感がした。暗がりの中で腑抜《ふぬ》けたやうになつてぼんやり坐つてゐると、それからどのくらゐ時が経《た》つたらうか、母子四人が乞食のやうな恰好《かつこう》でしよんぼり帰つて来た。ああ、助かつたと、ほつとして、
「どこイ行つて来たんや、こんな遅《おそ》まで……」と訊くと、
「死に場所探しに行て来ましてん。……」
高利貸には責めたてられるし、食ふ物はなし、亭主は相変らず将棋を指しに出歩いて、銭をこしらへようとはしないし、いつそ死んだ方がましやと思ひ、家を出てうろうろ死に場所を探してゐると、背中におぶつてゐた男の子が、お父つちやん、お父つちやんと父親を慕うて泣いたので、死に切れずに戻つて来たと言ふ。
「…………」涙がこぼれて、ああ、有難いこつちや、血なりやこそこんなむごい父親でも、お父つちやんと呼んで想ひ出してくれたのかと、また涙がこぼれて、よつぽど将棋をやめようと思つたが、けれど坂田は出来なんだ。そんな亭主を持ち、細君は死ぬまで将棋を呪《のろ》うて来たが、けれど十年前いよいよ息を引き取るといふ時「あんたは将棋がいのちやさかい、まかり間違うても阿呆な将棋は指しなはんなや
前へ
次へ
全27ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
織田 作之助 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング