聴雨
織田作之助
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)襟首《えりくび》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)大橋|宗家《そうけ》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から1字上げ](昭和十八年八月)
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午後から少し風が出て来た。床の間の掛軸がコツンコツンと鳴る。襟首《えりくび》が急に寒い。雨戸を閉《し》めに立つと、池の面がやや鳥肌立つて、冬の雨であつた。火鉢に火をいれさせて、左の手をその上にかざし、右の方は懐手《ふところで》のまま、すこし反《そ》り身《み》になつてゐると、
「火鉢にあたるやうな暢気《のんき》な対局やおまへん。」といふ詞《ことば》をふと私は想ひ出し、にはかに坂田三吉のことがなつかしくなつて来た。
昭和十二年の二月から三月に掛けて、読売新聞社の主催で、坂田対木村・花田の二つの対局が行はれた。木村・花田は名実ともに当代の花形棋士、当時どちらも八段であつた。坂田は公認段位は七段ではあつたけれど、名人と自称してゐた。
全盛時代は名人関根金次郎をも指し負かすくらゐの実力もあり、成績も挙げてゐたの
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