ふを唸《うな》らせる奇手が現はれた。その彼が急に永い沈黙を守つてしまつたのである。功成り遂《と》げてからといふならまだしも、坂田将棋の真価を発揮するのはこれからといふ時であつた。大衆はさびしがつた。
けれど、坂田の沈黙によつて、棋界がさびれた訳ではない。木村・金子たち新進が擡頭し、花田が寄せの花田の名にふさはしいあつと息を呑むやうな見事な終盤を見せだした。定跡《ぢやうせき》の研究が進み、花田・金子たちは近代将棋といふ新しい将棋の型をほぼ完成した。さうして、棋界が漸《やうや》く賑《にぎ》はつたところへ、関根名人が名人位引退を宣言した。名人一代の制度が廃止されて、名人位獲得のリーグ戦が全八段によつて開始された。大阪からは木見八段が参加した。神田八段も中途から加はつた。が、ただひとり坂田は沈黙してゐる。坂田の実力はやがて棋界の謎となつてしまつた。隆盛期の棋界に、そこだけがぽつんとあいた穴のやうな感じであつた。
この穴を埋めることは、棋界に残された唯一の、と言はないまでも、かなり興味深い大きな問題である。自然大新聞社は殆んど一ツ残らず、坂田の対局を復活させようと、さまざまに交渉した。新聞社
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