てゐるのではないかと、思ひ直したのかも知れない。かねがね坂田はよく「栓ぬき瓢箪《へうたん》」のやうな気持で指さんとあかんと言つてゐる。
ある時、上京するために大阪駅のプラットホームまで来ると、雑閙《ざつたう》のなかに一人の妙な男が立つてゐた。乗り降りの客が忙しく動いてゐる中に、ひとり懐手をしてぽかんと突つ立つてゐるのだ。汽笛が鳴り、汽車が動きだしても、素知らぬ顔で、気抜けしたやうにぱくんと口をあけて、栓ぬき瓢箪みたいな恰好で空を見上げたまま、プラットホームにひとり残されてゐる。なんや、けつたいな奴ぢやな、あいつ阿呆かいなとその時は思つたが、あとで自分の将棋が悪くなり、気持が焦《あせ》りだすと、不思議にその男の姿を想ひ出すのだ。ぽかんと栓ぬき瓢箪のやうな恰好で突つ立つてゐる姿、丁度ゴム鞠《まり》の空気を抜いたふわりとした気持、何物にもとらはれぬ、何物にもさからはぬ態度、これを想ひ出すのである。余り眼前の勝負に焦りすぎてかんかんになり、余裕を失つてしもうては到底よい将棋は指せないぞ、栓ぬき瓢箪の気持で指さなあかんと、思ふと不思議に気持が落着く――といふのである。
つまりは、火鉢のことに
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