東京から何里と勘定も出来ぬほど永い旅で、疲れた照枝は口を利く元気もなかった。胸を病んでいて、あこがれの別府の土地を見てから死にたいと、女らしい口癖だった。温泉にはいれば、あるいは病気も癒るかも知れないと、その願いをかなえてやりたいにも先ず旅費の工面からしてかからねばならぬ東京での暮しだったのだ……。
 熱海で二日、そして東京へ出たが、一通り見物もしてしまうと、もうなにもすることはなく、いつまでも宿屋ぐらしもしていられないと、言い出したのは照枝の方で、坂田はびっくりしたのだ。お腹の子供のこともあることやし、金のなくならぬうちに早よ地道な商売をしようと照枝は言い、坂田は伏し拝んだ。いろいろ考えて、照枝も今まで水商売だったから、やはりこんども水商売の方がうまにあうと坂田はあやしげな易判断をした。
 そして、同じやるなら、今まで東京になかった目新しい商売をやって儲けようと、きつねうどん専門のうどん屋を始めることになった。東京のけつね[#「けつね」に傍点]うどんは不味うてたべられへん、大阪のほんまのけつねうどんをたべさしたるねんと、坂田は言い、照枝も両親が猪飼野でうどん屋をしていたから、随分乗気
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