雪の夜
織田作之助

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)商人《あきんど》が

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)珈琲六人前|淹《い》れたっとくなはれ

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)すうどん[#「すうどん」に傍点]を
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 大晦日に雪が降った。朝から降り出して、大阪から船の著く頃にはしとしと牡丹雪だった。夜になってもやまなかった。
 毎年多くて二度、それも寒にはいってから降るのが普通なのだ。いったいが温い土地である。こんなことは珍しいと、温泉宿の女中は客に語った。往来のはげしい流川通でさえ一寸も積りました。大晦日にこれでは露天の商人《あきんど》がかわいそうだと、女中は赤い手をこすった。入湯客はいずれも温泉場の正月をすごしに来て良い身分である。せめて降りやんでくれたらと、客を湯殿に案内したついでに帳場の窓から流川通を覗いてみて、若い女中は来年の暦を買いそこねてしまった。
 毎年大晦日の晩、給金をもらってから運勢づきの暦を買いに出る。が、今夜は例年《いつも》の暦屋も出ていない。雪は重く、降りやまなかった。窓を閉め
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