ふらっと眩暈《めまい》がした咄嗟に、こんな夫婦と隣り合ったとは、なんという因果なことだろうという気持が、情けなく胸へ落ちた。
翌朝、夫婦はその温泉を発った。私は駅まで送って行った。
「へえ、へえ、もう、これぐらい滞在なすったら、ずっと効目はござりやんす」
駅のプラットホームで客引きが男に言っていた。子供のことを言っているのだな、と私は思った。
「そやろか」
男は眼鏡を突きあげながら、言った。そして、売店で買物をしていた女の方に向って、
「糸枝!」
と、名をよんだ。
「はい」
女が来ると、
「もう直き、汽車が来るよって、いまのうち挨拶させて貰い」
「はい」
女はいきなりショールをとって、長ったらしい挨拶を私にした。終ると、男も同じように、糞丁寧な挨拶をした。
私はなにか夫婦の営みの根強さというものをふと感じた。
汽車が来た。
男は窓口からからだを突きだして、
「どないだ(す)。石油の効目は……?」
「はあ。どうも昨夜から、ひどい下痢をして困ってるんです」
ほんとうのことを言った。
「あ、そら、いかん。そら、済まんことした。竹の皮の黒焼きを煎じて飲みなはれ。下痢にはもっ
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