故、私はますます弱点を押さえられた男の位置に坐ってしまった。莫迦莫迦しいことだが、弁解しても始まらぬと、思った。男の無理強いをどうにも断り切れぬ羽目になったらしいと、うんざりした。
 しかし、なおも躊躇っていると、
「これほど言うても、飲んでくれはれしまへんか」
 と男が言った。
 意外にも殆んど哀願的な口調だった。
「飲みましょう」
 釣りこまれて私は思わず言った。
「あ、飲んでくれはりまっか」
 男は嬉しそうに、罎の口をあけて、盃にどろっとした油を注いだ。変に薄気味わるかった。
「あ、蜘蛛!」
 不意に女が言って、そして本を読むような味もそっけもない調子で、
「私蜘蛛、大きらいです」
 と、言った。
 だが、私はそれどころではなかった。私の手にはもう盃が渡されていたのだ。
「まあ、肝油や思て飲みなはれ。毒みたいなもんはいってまへんよって、安心して飲みなはれ。けっ、けっ、けっ」
 男は顔じゅう皺だらけに笑った。
 私はその邪気のなさそうな顔を見て、なるほど毒なぞはいっているまいと思った。
 そして、眼を閉じて、ぷんと異様な臭いのする盃を唇へもって行き、一息にぐっと流し込んだ。急にふら
前へ 次へ
全28ページ中26ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
織田 作之助 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング