に、
「石油だ(す)。石油だす。停留場の近所まで行《い》て、買うて来ましてん。言うだけやったら、なんぼ言うたかてあんたは飲みなはれんさかい、こら是が非でも膝詰談判で飲まさな仕様ない思て、買うて来ましてん。さあ、一息にぱっと飲みなはれ」
と、言いながら、懐ろから盃をとりだした。
「この寸口《ちょく》に一杯だけでよろしいねん。一日に、一杯ずつ、一週間も飲みはったら、あんたの病気くらいぱらぱらっといっぺんに癒ってしまいまっせ。けっ、けっ、けっ」
男は女のいることなぞまるで無視したように、まくし立て、しまいには妙な笑い声を立てた。
「いずれ、こんど……」
機会があったら飲みましょうと、ともかく私は断った。すると、男は見幕をかえて、
「こない言うても飲みはれしまへんのんか。あんた!」
きっとにらみつけた。
その眼付きを見ると、嫉妬深い男だと言った女の言葉が、改めて思いだされて、いまさきまで女と向い合っていたということが急に強く頭に来た。
「しかし、まあ、いずれ……」
曖昧に断りながら、ばつのわるい顔をもて余して、ふと女の顔を見ると、女は変に塩垂れて、にわかに皺がふえたような表情だった
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