せんか」
その気もなく言うと、突然女が泪をためたので驚いた。
「貴方《おうち》にはなにも分れしませんのですわ。ほんまに私は不幸な女ですわ」
うるんだ眼で恨めしそうに私をにらんだ。視線があらぬ方へそれている。それでますます恨めしそうだった。
私は答えようもなく、いかにも芸のなさそうな顔をして、黙っていた。
すると、女の唇が不気味にふるえた。そして大粒の泪が蒼黝い皮膚を汚して落ちて来た。ほんとうに泣き出してしまったのだ。
私は頗る閉口した。どういう風に慰めるべきか、ほとほと思案に余った。
女は袂から器用に手巾をとりだして、そしてまた泣きだした。
その時、思いがけず廊下に足音がきこえた。かなり乱暴な足音だった。
私はなぜかはっとした。女もいきなり泣きやんでしまった。急いで泪を拭ったりしている。二人とも妙に狼狽してしまったのだ。
障子があいて、男がやあ、とはいって来た。女がいるのを見て、あっと思ったらしかったが、すぐにこにこした顔になると、
「さあ、買うて来ましたぜ」
と、新聞紙に包んだものを、私の前に置いた。罎のようだったから、訳がわからず、変な顔をしていると、男は上機嫌
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