と出掛けて行きましたの」
その隙に話しに来た、――そんなことをされては困ると思った。私はむつかしい顔をした。
女はでかい溜息をつき、
「あの男にはほんまに困ってしまいます」
と、言って分厚い唇をぎゅっと歪めた。
「――あの人、なんぞ私のこと言いましたか。どうせ私の悪ぐち言うたことやと思います。それがあの人の癖なんです。誰にでも私の悪ぐちを言うてまわるのんです。なんせ肚の黒い男ですよって、なにを言うか分れしません。けど、あんな男の言うこと信用せんといて下さい。何を言うても良え加減にきいといて下さい」
「いや、誰のいうことも僕は信用しません」
全く、私は女の言うことも男の言うことも、てんで身を入れてきかない覚悟をきめていた。
「それをきいて安心しました」
女は私の言葉をなんときいたのか、生真面目な顔で言った。私はまだこの女の微笑した顔を見ていない、とふと思った。
そして、私もこの女の前で一度も微笑したことはない……。
女はますます仮面《めん》のような顔になった。
「ほんまに、あの人くらい下劣な人はあれしませんわ」
「そうですかね。そんな下劣な人ですかね。よい人のようじゃありま
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